思い出の一枚

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 山口県防府市小俣八幡の笑い講である。

 年に一度、12月第一日曜日、21人の世襲講人が頭屋(世話人)の自宅の祭壇前に集まる。宮司の神下ろしのあと、祝宴、やがて、宮司が笑い講開始を宣言して太鼓を叩く。長老の「せいのっ」の掛け声があって、二人がコンビとなり、三本の榊を持ち、順次に三回大笑いする。最後は全員で大笑いして終了。

 このような笑いを中心とした祭りは日本全国に分布している。もう一例挙げよう。
熱田神宮笑酔人(えようど)神事
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 毎年五月四日。午後7時、神官17人が末社の影向間社(ようごうのましゃ)の前に集合。全員が持参した神面を袂に入れ、二人が神前にしゃがみ、面を叩いて「オホッ」と声を上げる。他の十五人は二人を扇形に囲み、笛役がわざと下手に笛を吹き、全員で大笑いする。そのあと、神楽殿前、別宮前、清雪門前と同じ所作をくり返す。すべては暗闇の中で進行する。
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 「朝日新聞」2016年12月13日朝刊「列島をあるく」に掲載の笑い祭りの紹介記事である。10の祭りを挙げている。日本笑い学会編『笑いの民俗行事ガイドブック』2016年を参照している。同書には、純系笑い神事6、芸能系笑い行事19、性神事系行事5、派生的笑い行事7、その他の笑い行事3、計40種を登録している。

 柳田国男は『民俗学辞典』(東京堂、1951年)で笑いの祭りを次のように説明している。
「神社の中に笑祭と称する祭をもつものがあり、神祭に必ず狂言があり、且つ田楽にはヲカシをともない、一方、諸国の山村で山の神はヲコゼを好み、これを見れば笑うと伝えたりしている。これは神の大前に笑を献じ、神の御機嫌をとり結ぶという趣旨に出たものであり、神代史の天鈿女の舞の故事にも連なるものである」。

 この説明は正しいのであろうか。
 柳田は笑いを神に奉納するというが、笑いが、同辞典で柳田の説くように、優越や嘲笑であるならば、人が大笑いすることは、神より人が優越した立場で、神を嘲笑することになる。神に対する冒涜である。
 神々が大笑いした天岩戸神話、さらにこれまで紹介した、各地の笑い祭りから明らかなように、人だけが笑うのではなく、人と神がともに大笑いするのである。そのとき、現実の時空と超越世界が一旦一つとなり、《古い秩序を更新して新しい秩序を実現する≫ことができるのである。日本人の笑いの本質を明らかにする必要がある。

 昭和21(1946)年に発表した『笑の本願』(柳田国男集7)で、柳田国男は、日本人の笑いを優越理論、嘲笑理論で説明した。彼の考えを要領よくまとめた前掲『民俗学辞典』から引用する。「日本人は外国人が不思議がるほどよく笑う民族である。元来笑は満足の声であり、欲求が充たされれば自然に笑うものである…相手が自分よりも弱く、醜く、または愚かであることを知ることは、笑の刺激である」

 この柳田理論の根拠になったのが西欧の笑い理論である。 

 笑うべきものは、他人に何らの苦痛も害悪もあたえないところの過失、もしくは醜さである。アリストテレス
 突然の得意は、笑いとよばれる顔のゆがみをおこさせる情念である。それは他人のなかに何か不格好なものを知り、それとの比較から、かれらが突然、みずからを称賛することによってひきおこされる。ホップス
 普通の笑いというのは、私の優越性を思いがけぬ形でみることだ。スタンダール
笑いはわれとわが身の優越からくる。そして笑いは悪魔的である。ゆえにこれはふかく人間的である。ボードレール
 笑いは矯正であるから、あまり好意的なものはもっていない。笑いはむしろ悪をもって悪にむくいるのだ。ベルクソン
        足立和浩『笑いの戦略』(河出書房新社、1984年)による

 日本人の笑いをこの西欧理論だけで説明することは不可能である。西欧人の笑いは、自分の立場に対するゆるぎない自信がある。彼らは世界における自分の位置を正確に認識している。日本人の微笑または愛想笑いは西欧人のゆとりとは違う。むしろゆとりのない笑いである場合が多い。

 次は『笑いの戦略』第九回哲学奨励山崎賞受賞記念シンポジウムでの、足立和弘+選考委員会の発言である。
 おそらく足立君は、御自身が真面目な誠実な人間であったことを反省し・・・視点を換える必要を感じ、「笑い」を採り上げることになったのであろう。目下、なお模索中のようであるが、やがて、大道が開けてくるものと信じている。山崎正一(東大名誉教授、東京谷中臨済宗興禅寺住職)
 禅僧の笑い・・・自他という区別、そういう二項図式を放棄しなければ了解し得ないような、そういう地平で笑っているような笑いなのではないか。
 一休和尚の呵々大笑・・・困難に直面しているがゆえにかえって笑うのだという、そういう笑いですね、ちょっと脱線しましたが、興味深い笑いの例でしたのでご報告いたしました。
 山崎正一先生の笑い・・・真面目に聴いてもらおうと思って真面目に話しているのだけど・・・それから解放されたくなるようなね・・・やっぱり解放の笑いだね。
 禅のはぐらかし・・・ヨーロッパ的な自己がいて他者がいて、自己が他者を笑うとかいうような文脈の中での笑いではないような笑い、それをおっしゃりたかったんじゃないですか。

 この座談会の参加者の発言は、模索を続けて日本人の「笑い」の本質に迫りそうでいながら、まだとらえてはいない。

 防禦と抵抗の武器としての笑いという論を展開したのが、宇井無愁『日本人の笑い』(角川選書、1969年)である。
 なぜ日本人は、笑うべきでない時に笑うのか。柳田国男氏は「笑いはもと攻撃の武器だった」という。ところが世間が平和になり、笑いの武器が拘束を受けると、有声の笑いは当然人の感情を害する。それをつつしみぶかく抑えたのが女性の「咲(えみ)」であり、無声のホホエミであった。いいかえれば、「攻撃の武器」である有声の笑いに対して、無声の微笑は、「防禦の武器」であった。
 そこで、死や困難や苦痛や失敗や悲嘆に直面した日本人が、笑うべからざる時に笑顔をつくる理由が、わかってくる。死や困難や苦痛や失敗や悲嘆は、いずれも目に見えない「敵」である。古代人の感覚では、悪霊や死霊の襲撃にほかならない。この「敵」に対して現代の日本人も、無意識に「防禦」の武器を面上に用意して、本能的に抵抗の姿勢を示すのである。

 ラフとスマイルで西欧人と日本人の笑いの違いを説明する論旨はかなりすぐれている。さらに、日本人のスマイルを相手に対する思いやりで説明する論旨も説得力がある。宇井の防御論は現代日本人の無声の微笑みを攻撃から防禦への変化として説明し、それなりの説得力がある。
 しかし、西欧や柳田の優越論・攻撃論に従って、その変化として説明し、日本人と西欧人の笑いの本質的違いをとらえてはいない。西欧人はラフが多く、日本人はスマイルが多いという、質よりも量で説明し、時代の推移による変化で考えているからである。日本人の笑いの真実をとらえるためには、日本人と日本文化の本質を貫く≪神≫という視点を導入する必要があるのである。ここで狂言の笑いについて考える。

 狂言の笑いについては、これまで、前身の猿楽の滑稽演技を継承したと説明される。この説明は間違ってはいない。しかし、神男女狂鬼という五つの主題で演じられる神霊劇の能のあいだに組みこまれて、なぜ、ことさらに笑いを演じるのか、という問題はまだ十分には解明されていない。
 通常、狂言の笑いは祝言、風刺、滑稽の三つの笑いで説明されている。「笑う門には福来たる」という諺に示されるように、笑うことによって全体を祝福して終わる作は、脇狂言といわれる種類をはじめ、大名狂言、聟狂言などの多くを占めている。風刺は、その時代の権力者、特権者に対する作が多いという事実であり、滑稽もときには卑猥になりかねない演戯さえ頻出する。
 狂言の笑いはほとんど微笑(スマイル)ではなく哄笑(ラフ)である。さらに、すべては、優越・嘲笑理論で説明されているが、狂言の笑いの真実をとらえているのか。

 演劇そして芸能は見物を異次元に連れていくことを目的とする。神霊を主人公とする能はまさにその代表である。
 しかし、一座で能と分業する狂言の役割は観客と同一時空に生きる現在を実現することである。
 式三番で面箱(金春・金剛・喜多の下掛り三流)と千歳を狂言方が演じる。
 狂言は能の中で間狂言を務める。
 一番の狂言はその時代・当代を日常の対話で演じた。
 狂言の演技で殊に注目されるのが、出と引込みである。
 以上の狂言の役割りを通して、強調すべきは、狂言の現在性である。狂言の笑いはこの現在性から考察されなければならない。
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 能でもっとも重要な儀式曲「式三番」で面箱を扱い、舞台に面を飾る役は狂言方である。民俗芸能における面の扱いと同様に、そのとき狂言方は、見物と同じ現在を生きているのである。
            
 能一番の中で狂言方の担当する役とその演技を間(アイ)とも能間ともいう。通常、複式能で、前ジテの退場後、後ジテの登場までのあいだをつなぐ役である。
 神霊のシテの登場によって展開する超越世界のあいだの現実世界の登場人物である。

 狂言の引込みで多用される演出が「追込み」である。「ご許されませ」と逃げるシテをワキが「やるまいぞ、やるまいぞ」と追込む。「登場人物が観客の視野から消えるまで、劇的緊張を願ったからであろう」(小林責「狂言、その演出」『幽玄の花 花』NHKサービスセンター、1984年)。出と合わせて、観客席の時空と同化しようとする演出である。

 一般には狂言を能に匹敵する演劇芸術と考え、笑いをその視点でとらえて喜劇とする説が有力である。近代以降の狂言の歴史を説明する論としては間違っていない。この論点から狂言の笑いを分析して取り出される種類が祝言、風刺、滑稽の三つであった。
 しかし、能も狂言も古典芸能である。狂言の笑いも古典芸能の視点で考えないと本質をとらえることはできない。能は神霊の出現した超越時空であり、狂言は、神霊を招く現実時空である。
 日本各地の笑いの民俗行事から判断して、狂言は笑いを引き起こす民俗行事であり、狂言方は現世の講人、神主に相当し、能は招かれる神霊の創り出した超越世界である。
 神霊が登場して一つの秩序が展開した一番の能のあとに、狂言が演じられ、笑いによって、古い秩序を更新し、新しい神霊を迎えて、新しい世界と秩序を舞台に展開させること。それが狂言の笑いの本質なのである。能と狂言が組み合わされて五番の上演が行なわれてきた理由である。

 複雑な現代を生きる日本人の笑いには、もちろん、西欧の優越感で説明すべき大笑いや微笑、微苦笑、防御や攻撃の笑いなどが存在する。
 しかし、神と人の笑いで秩序を更新する日本人本来の伝統的笑いは、民俗行事や狂言を始めとする古典芸能だけではなく、日本人の現在の日常においても確固として保存されている。多くは、窮地に追い込まれた人の懸命・必死の笑いである。

 笑いで現状を変え、新しい秩序を創りだす。それがもっとも重要な日本人の笑いの本質である。



日本国家の誕生と永続
 ―伊勢・出雲・三輪三社の神話に探るー(13)
  Ⅹ 日本国永続の理由
 2 天皇制永続論
 B 呪術的・神話的特性

 天皇制永続の原理を、日本の古代社会の基層にあった呪術性や神話的信仰の支えに求める見解である。前者よりもさらに文化人類学や民俗学に接近している。
代表的な説を次に引用する。

 古代日本の人々(厳密には貴族などの支配層)にとって、天皇の〈天〉とは、天つ神の住む天上界としてのアメであり、八世紀の宣命で、天皇が〈天つ神の御子〉といいかえられるように、それは、天孫降臨神話を背景としていた。

 律令国家の建設が進んだ天武朝に新たに生まれたのは、天皇が単なる神の子孫ではなく、生きながらにして神そのもの=現御神(あきつみかみ、明御神)であるとする天皇即神の思想である。〈皇(おおきみ)は神にしませば〉(『万葉集』三巻―二三五など)と歌った柿本人麻呂は、天武天皇やその皇子たちを、降臨した天孫そのものとして表現したが(同二巻―一六七~一六九など)、これは、大和政権時代における王族や豪族たちの重層的で多元的な支配・従属関係が、中央官制と地方の国郡制の整備により官僚制的に一元化され、天皇がその頂点に位置づけられたことに対応している。このことは、神との関係でいえば、地方豪族によりになわれていた全国の神々の祭祀権が、天皇とその祭祀執行機関である中央の神祇官に集約され、国家的祭祀の態勢が整ったことを背景とする時代思潮でもあった。

 天皇とそれにつながる人々を、高天原から天降った神々の子孫とする神話を流布・定着させることによって、天皇家の永続を保証しようとしたという説であって、大隈清陽氏「君臣秩序と儀礼」(『日本の歴史8 古代天皇制を考える』講談社、二〇〇一年)からの引用である。
 以下のような主張も、またおなじ考えの現れとみることができる。斎川真氏『天皇がわかれば日本がわかる』(ちくま新書、一九九九年)からの引用である。

 日本の国柄の本質は、部族制である。日本という国は、ある部族が、他の部族を従えて大きくなった拡大部族制の国なのである。だから、中核にあるのは、部族なのである。しかし、それを中華帝国のような国家体制にしたいというわけで、律令体制を作り上げたのである。天皇を長とする律令体制という、この政治のあり方―手っとり早くいうと、国王としての天皇―を支える政治思想が、血統による世襲制の思想である。マックス・ウェーバーという、ドイツの大学者は、こういう支配のことを、世襲カリスマ型支配と呼んだ(『支配の社会学』)。天皇が日本の支配者(統治者)であり、この地位は、天皇家の血統に属す者が世襲するという思想は、高天原の神の命令・委任(神勅)に正当性の根拠があった。

 このような考えをさらにつよめると、天皇家の不可侵性が、天皇に刃向かえば祟られるという呪術の魔力によって守られてきたという極論にまでゆきつくことになる。梅澤恵美子氏『ベスト新書 天皇家はなぜ続いたのか』(KKベストセラーズ、二〇〇一年)が展開している論理である。この書の入り組んだ説の当否はおいておき、考え方の傾向の見本として次に紹介する。
 七世紀以前の古代天皇政権成立の過程で、「トヨ」の字を名乗りにもつ多くの女性(抹殺された被征服民の象徴、水・火・稲などの呪力の体現者でもある)が犠牲になってきた、その祟りをおそれた天皇政権は、鎮魂のために、その子とみなされる神武を、熊襲(隼人)の地からむかえて初代天皇に仮構した。このように説きすすめ、その祟りの呪力を天皇政権が、逆に取りこんで、天皇家にさからえば、祟られるという信仰を生みだした、というのが、本書の主張である。
 以上、A・B二つは、多少にかかわらず、天皇の宗教的性格にその永続の秘密をさぐろうという考えである。
 これに対し、天皇の政治的性格そのものに永続の秘密をさぐろうとする考えが、次のCである。
                                   つづく