思い出の一枚 大阪府和泉市熊野の小栗街道にある湯の峰つぼ湯である。小栗街道はハンセン氏病患者がこの熊野のつぼ湯に通った道で、一般人の通った熊野古道の裏街道である。小栗街道の伝説を生んだ小栗照手の物語 説経浄瑠璃に最初に脚色された小栗照手の物語。 ハンセ ...
2022年08月
諏訪春雄通信「明治の光と影」(23)
思い出の一枚 中国上海南通県の民間の祭りで、初めに太極図を祭壇のまえに描く巫(シャーマン)である。この巫の描いた太極図が次の写真である。 太極は中国の古典の『易経』や『漢書』に、万物を生成する根本のエネルギーと記述され、太極図は太極を図像化したものである ...
諏訪春雄通信「明治の光と影」(22)
思い出の一枚 京禅林寺所蔵の山の神と習合した山越しの阿弥陀図である。日月と阿弥陀三尊が来迎した富士参詣曼荼羅(奈良市矢田原) 神仏一体と考える本地垂迹説の代表的見解は次の通りである。 土着の神と外来の仏との新たな関係づけを行なって、より堅固な社会的統合 ...
諏訪春雄通信「明治の光と影」(21)
思い出の一枚 纒向(まきむく)遺跡である。奈良県桜井市の三輪山の北西麓一帯にある、弥生時代末期から古墳時代前期にかけての集落遺跡。東西2キロ、南北1・5キロの大集落で、3世紀初めに突如出現した。 私はこの遺跡を邪馬台国卑弥呼の宮殿跡と考える。その理由を説 ...
諏訪春雄通信「明治の光と影」(20)
思い出の一枚 奈良県桜井市相撲神社の神事相撲である。 《豊穣・健康祈願》のために、相撲神社の秋の例祭(10月9日)の夜に行なわれる。裸の2人の力士が幣の付いた榊の小枝を頭上に掲げ「ホーオイ」(稲穂が多いの意)と声を掛けながら、舞殿を互いに逆の方向に3周。 ...




