思い出の一枚京都神楽岡の吉田神社太元宮である。『都名所図会』の挿図である。中央の八角殿と四門が目立つ。中世は日本で最初の、しかも最高に盛り上がった神道革新の時代であった神道各派の成立時期 山王神道 鎌倉時代中期 両部神道 鎌倉時 ...
2023年07月
諏訪春雄通信「明治の光と影」(69)
思い出の一枚学習院百周年記念会館での天王寺屋シンポの場面である。 前後10回程開催している。五世中村富十郎 2011年(平成23年)81歳で病没。1929年生まれ。1943年坂東鶴之助の名で初舞台。市村竹之丞を経て1972年に五代目中村富十郎を襲名。重要無形文 ...
諏訪春雄通信「明治の光と影」(68)
思い出の一枚長野県出土の縄文中期の土器である。県宝に指定されている。台湾原住民パイワン族の壺屏東縣三地門の陳俄安博物館の仕事場である。館長夫妻は壺の制作もする技術者であった。上の日本の縄文時代の土器の写真と比較すると、縄文は蛇文であるという私の主張が納得 ...
諏訪春雄通信「明治の光と影」(67)
思い出の一枚奥州市黒石町天台宗黒石寺の本堂に飾られる妙見菩薩と両脇侍北斗菩薩である。北斗菩薩は北斗七星を仏教に採り込んだ星の神である。真言密教の星曼荼羅 高野山金剛峯寺 釈迦金輪の周囲に二十八宿・十ニ宮・九曜・七星が並ぶ日本には、本来星の神の信仰はない。 ...
諏訪春雄通信「明治の光と影」(66)
思い出の一枚伊勢の内宮の副神ともいうべき位置にあるのが外宮の豊受大神(とゆけおおみかみ)である。この神が外宮に祭られた理由の説明は『古事記』『日本書紀』には見えず、天孫降臨の伴をした神として「トユケノ神、これは外宮の渡会に鎮座なさる神」(古事記)とあるだけ ...




