思い出の一枚
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伊勢神宮内宮の舞妓たちによる奉納神楽の倭舞である。典型的な舞で舞台から足を離すことがない。典型的な舞である。

讃岐念仏踊り
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香川県綾歌郡綾川町(旧・綾南町)滝宮に伝わる雨乞いの踊りである。念仏に合わせて踊るのでこのようによばれる。
現在は一般に普及している舞踊ということばは江戸時代の日本にはなく、明治になって、ダンスということばの翻訳語として誕生した。
明治十一年(一八七九)の十月から翌年の四月にかけて刊行され、画期的なベストセラーとなった政治小説『花柳新話』(ロード・リットン作、織田純一郎訳)にあらわれたのが舞踊の使用例の最初である。術語として定着させるうえで、大きな役割を果たしたのが明治三十七年(一九〇四)に刊行された坪内逍遥の『新楽劇論』。この書物のなかで、逍遥は舞踊をそれまでの舞いや踊りに換えて使用しただけではなく、その内容を舞、踊り、振りという三つの要素に分析し、のちの舞踊論の発展の基礎をつくった。

舞いの用例は、「人長舞」、「久米舞」、「五節舞」、「国栖舞」、「隼人舞」、「幸若舞」、「曲舞」など中世以前、京坂に集中し、踊りは、「念仏踊り」、「風流踊り」、「踊り念仏」、「鹿島踊り」、「伊勢踊り」、「盆踊り」など、近世以降、江戸と地方に多くの用例がみられる。
舞いは、古代から中世にかけて成立し、「まわる」の意味から旋回運動中心で、滑るように足を使い角をとる。意識的に制御された所作で、貴族的・静的で、京阪中心に発達した。
踊は、近世以降に発達した。跳躍運動で両足を大地(舞台)から離す。熱狂的・庶民的・動的な所作で、江戸・地方中心に広がった。
  
中国最古の漢字辞書『説文解字』は「舞」を「楽也」、「踊」は「跳也」と説明している。舞いは音楽の旋律に乗った身体の動きであり、踊りは跳躍中心の動きである。

さらに私は次のように考える。
両者ともにシャーマニズムの憑依型(ポゼッション型)に由来する。憑依型は、神迎え・神降臨(人神交流)・神送りの三部構成をとり、神迎えは、五方の神への祈り(角をとる・旋回)、正調の貴族的音楽、制御された動き、静的などの特色を示し、神降臨は、動的、熱狂的、跳躍、庶民的音楽などの特色をもつ。この神迎えが舞いを生み、神降臨が踊りにつながった。 
日本の舞踊史が大きく舞いから踊りへ推移したのは、古代に大陸から伝来した舞楽と中世流行の念仏踊りの影響が大きかった。 

宮内庁久米舞 舞楽の一 久米氏(大伴・佐伯)奉仕の舞に由来
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能 猩猩
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会津八葉寺空也念仏踊り 仏教と巫の結合 平安中期に空也上人が創始

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阿波踊り
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日本の舞踊と比較するために韓国について検討する。朝鮮のシャーマンの類型は次のように分類できる。
1 ムーダン(巫堂) 女巫をいう。万神マンシン、巫女ムーニュー、舞女ムーニュー、神仙シンサン、神巫シンムー、巫人ムーイン、明道ミュントなど、地方によって各種の呼称。
 『朝鮮の巫覡』(朝鮮総督府、1932年)によると21種。
2 パクス(博士) 男巫をいう。卜師ポクサ、卜祷ポクト、経師キュンサ、巫夫ムープー、巫男ムーナム、才人チャイイン、巫長ムーチャンなど、地方によって各種の称呼。
 『朝鮮の巫覡』(朝鮮総督府、1932年)によると29種。

神霊の憑く前と後  韓国ソウル郊外
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韓国芸能史研究で舞いと踊りを区別する視点はない。その最大の理由は、日本の芸能が大地を信仰し、足を大地から大きく離さない舞いの所作が重視されるのに対し、韓国の芸能は天への憧憬を表現し、舞踊が全体として跳躍運動を多用するからである。
日本の舞踊では舞いと踊りの違いが目立つのに対し韓国の舞踊ではその違いが明確ではないともいえる。





 明治の光と影―日本の近代 (92)
 まとめ 日本文化の本質
  3 山の神の性別

 香具山は畝傍雄雄 (うねびをを)しと 耳成 (みみなし)と相争ひき 神代よりかくにあるらしいにしへも しかにあれこそ空蝉 (うつせみ)も つまを争ふらしき

  『万葉集』巻一の十三番、中大兄皇子の有名な和歌である。大和三山の神々の恋争いを詠んでいる。「ををし」は「を愛し」説もある。雄雄しだと畝傍山が男性、その畝傍山を愛した香久山と耳成山は女性となる。古代人は山の神に性別を認めていたのである。 
 
 日本では、山の性別は女神が優勢である。山の性別を記載する『日本の民俗』(第一法規)によると山の性別は次のようになる。

東北 記載なし
関東 男・女・天狗の夫婦
北陸 男女ニ神・女
中部 女
中国 記載なし
四国 女
九州 女

採集狩猟民の山の神 女性神 アイヌのイヨマンテと東北マタギの熊狩り 犠牲の仔熊は山の神の子
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  日本人が山の神の性別を分ける理由は、山を大地と考えるか、天への通路とみなすかの違いである。山を大地の盛り上がったものとみなせば、地母信仰の支配下に入り、豊穣・未開の存在となる。他方、天への通路と考えれば天父の支配下に入り、文明。秩序の存在となる。
 日本以外では圧倒的に天への通路としての山が多い。多くは、世界の中心としての世界山である。主要な名山を次に挙げる。
  
ヒンドゥー文化   メール山
仏教        須弥山
イラン       ハラベレザイティ
道教        崑崙山 五岳(泰山他)
ギリシア      オリンポス
朝鮮        五岳
 
 もともと地母・女性神の信仰は地球全土を覆ってひろがっていたが、大宗教の支配下に入り、男性神の統率下に組み込まれて本質も変化する。すでに西王母で説明した通りである。
 本来男性神であった山の神が大宗教支配下で男神としての本質を強める例もある。中国の五岳神はその例である。
 
山岳名・神名 唐代神名 宋代神名
東岳泰山君神 天斉王 天聖仁聖帝
西岳崋山君神 金天王 金天順聖帝
南岳衡山君神 司天王 司天昭聖帝
北岳恒山君神 安天王 安天元聖帝
中岳嵩山君神 中天王 中天崇聖帝

 こうした海外の世界山の在り方と比較したとき、日本の世界山は特殊である。 
               つづく